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次から次へと・・。
いつも通っているお花屋さん。
今日、仕事帰りによってみると・・。
「santaさん、タイヘンよ。外の猫が殺されているみたい。」
「なにそれ??」
「毒をまかれているみたいで、近所の人が餌をあげている猫が死んだらしいの。よろよろになって餌場に現れたって話なんだけど・・・」

この話、話をしていたら頭にきた・・。
本当に頭にきた。

毒の話は、確認したわけではないので、なんともいえないのだが
なぜ、よろよろになった猫を そのまま放置したのか・・。
餌をあげるほどかわいがっているのならば どうして病院に連れて行かないのか
考えれば、考えるほど 腹が立ってきて・・。
悪態ついて帰ってきた。

もう!!!!
こんな町 大嫌い!!!
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by santakawasaki | 2012-03-22 23:04 | 日記
色々と・・。
昨日、よどちゃんの最期を看取ってくださった獣医さんにお礼に伺いました。
入るとなにやら深刻そうな顔をして先生が受付に・・。
受付前に立っていたのは、女性二人 先生に「最期は家族みんなで看取りました」と、涙ながらにお話されていました。この家族も、現実を受け止めようと必死なんだな・・。と、ぐっときてしまいました。哀しいけれど、辛いけれど、現実を受け止めて、また、歩き出さないと・・と、自分に言い聞かせました。

病院でよどちゃんの血液検査の検査表を受け取りました。
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もしも、この病気を調べている方がいれば、参考にしていただければ・・・。

話は変わるけど
くろびちゃん、復活しました。
今では、家の中を歩き回るほど元気になりました。

そして、下の記事。
まったく、連絡がありません。
思い直してくれたのならば、それでよし。です。
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by santakawasaki | 2012-03-22 09:26 | 日記
それは突然に・・・。
机の上の携帯が、ブルル~と、なった時、嫌な予感がした。

十数年前、一匹の女の子をもらってくれた人からの電話。
「猫を・・・」
ご主人が、49歳の若さで大腸がんで亡くなった。
発見から4ヵ月後の早すぎる死であった。

ご主人が亡くなり育てられないから、と、 飼育放棄。
猫の数は、5匹、年齢は8歳から10歳。

難しいと告げると、その場合は「処分」と、答えが来た。
そんな無責任な。と、言葉を投げつけたかった。
でも、今は言ってはだめだ。
怒らせたら、多分 今日にでも持ち込まれる。


なぜ、最期まで面倒をみない。
涙が落ちる。
生活が出来ないから、親の面倒をみなければならない。
そんな言い訳で私が納得できるはずもない。
生活が出来ないのなら、働きなさい。
自分の食事を削っても猫の食事を用意すれば・・。
頭の中で、出来る限りの言葉を叫んだ。
身を挺して、どうして守らない。
家族でしょ・・・。

私が、怒りを抑え彼女に言った言葉は、頑張ってみる。

私も、こんなことを簡単に言って、飼い主同様、無責任なのはわかっている。
でも、目の前にある5匹の猫の命を見捨てることは出来なかった。

被災地の動物のことで、手一杯な時に、ここで、私が里親さんを
探すことは、懸命に保護活動しているボラさんの足を引っ張ることに
なることは、十分承知しています。
でも、上に書きましたように、どうか5匹の命を助けるために皆様のご協力をお願いします。

詳細は近日中に このブログにのせます。
皆様の、ツイッター、ブログなどでの拡散協力をお願いいたします。
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by santakawasaki | 2012-03-08 14:09 | 日記
あの日から
あの日から
一年が経とうとしている。

あの日、自宅にいた私はテレビを観ていた。
突然の緊急地震速報
そして、まもなく襲ってきた体験したことのない揺れ。
テレビを押さえ、恐怖に震えた。それでも情報が欲しいため 画面を見ていた。
そして、再びきた大きな揺れ。
ただ事ではない・・。犬を抱えベランダに出た。
猫達は、一斉に悲鳴を上げ 三階に逃げた。
暫くして揺れは収まってきたものの 断続的に余震が来る。
近所の人たちは、みな道路に出ていた。

そして、私も余震が来るたびに、犬を抱え玄関から飛び出た。


落ち着いて、どこが震源地?震度は?と、テレビに釘付けになった。
テレビが映し出す 津波の姿。
涙が出た。
どうか、臨海部のみんな、津波から逃げて・・。逃げ切って・・と、必死に祈った。
そして、犬や猫達が、この津波から逃れますよう祈った。

翌日、福島第一原発で水素爆発が起きた。
太平洋側から映し出された爆発の瞬間。身も心も凍りついた。
あの時、政府は私たちに正確な情報を教えてくれなかった。
今でも思い出す 枝野さんの「念のため・・・」を強調した言葉。
私は、原発は大丈夫。と、思った。しかし、それは、間違いだった。
あの時、米軍は確か500Kまで退避していた。
私は、なにを大げさなと思ったものだったが、それが正しかったことを知った。

震災から一週間も経ち、ガソリン不足が始まった。
被災地ではなく、この都会でみなが奪い合った。
お米やトイレットペーパーなども同じように奪い合った。
一番必要としている被災地を置き去りにしてみんなが買いに走った。
レンホーさんが、襟を立てた作業服で買占めを控えて。と、テレビで
言っていたことを思い出す。そんなやさしい口調で誰が聞く。と、私は思った。
こういうときは、もっと語尾を強く「なにをしている。被災地を救おう」位、言えないのか。

福島第一原発の事故の後、取り残された動物にご飯を食べさせたい。と、考えたのもこの頃だった。
そんな時、ひとりの女性のブログを発見した。現地で、残された動物たちに食事を配っていた。
その人のブログは、リアルタイムで被災地のことを記してくれていた。過酷な現地で、餌を配っている。そんな、姿を想像していると、私も行けるのではないかと思い始めていた。

そして、4月,初めて原発20K圏内に立った。
今でも思い出す現地の姿。それは、想像を超え、誰もいない小高の駅前、6号線から見つめた津波の後の姿。聞こえてくるのは風の音だけ。目に入るのは、つぶれた家や石垣、灯篭の姿。ほんの数日前までは、ここには生活があって、子供の歓声や生活音があったはずなのに、なにもない無の世界。

あれから一年、福井から、名古屋や京都、広島、東京、神奈川の動物ボランティアが、雪の降る中、お腹をすかせた動物を助けるために、今日も車を走らせ、保護、給餌、給水と頑張っている。
私は、と、言うと、僅かな後方支援が精一杯で、申し訳ない。と、いつも感謝の気持ちでブログを読ませてもらっている。家にいる子達と同じ命が、瀬戸際で踏ん張っている姿を想像するだけで、何も出来ない、日々の生活だけで、精一杯の自分が情けなくなってくる。

全国の動物ボラは、福島の動物を助けるために、現地にいけなくとも、政府や県に訴えてきた。
私も、何通もの嘆願書を各政党や環境省、福島の県や自治体に送った。しかし、国や県は、僅かな行動を起こしただけで、いまだに動物たちは、あの過酷な現場に置き去りにされている。なぜ、助けないのか。政治家に、あなたの家にも同じ犬がいるのでは?と、メールを送ったこともあったが、誰からも返信はなかった。期待はしていなかったが・・。助けられる命を、安楽死や餓死にまで追い込む非道極まりない、この国の政治家にあきれ果てている。もう、政治家は信じまい。でも、選挙には行く。これからの人生、選挙は白票で投じよう。と、決心している。

あと数日で、3・11から、一年、私たち日本国民は、もう一度、助け合う心を思い出す。そのような日であって欲しいと心から思います。
私も、もう一度、あの日に戻り、僅かですが、義捐金を送金したいと思います。
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by santakawasaki | 2012-03-07 21:24 | 日記
くろびのその後
体調を崩し、猫生はじめてのゲージ暮らしを一週間続けているくろびちゃん。
食欲は、戻り 人の顔を見ると ご飯~ご飯~と、小さな声をだしてせがむ。
そろそろゲージ卒業させてあげたいけど、まだ、便がゆるい・・・。
便が正常になるまでは、と、心を鬼にしているんだけど とうのくろびちゃんは、どうもゲージ生活が好きなようで、、、まったく出たがらない。
だから、しばらくは、ここにいてもらおうかな???

くろびちゃんが、体調を崩し始めたとき、のら猫墨田の秋元さんが薬を送ってきてくれた。
たくさんの抗生剤ありがとうございます。
今年に入り、正月の2日から不妊手術やだいちゃんデジ君の治療費、亡くなったよどちゃんの入院費などであっという間に、数十万が飛んでいってしまった。。お金は惜しくないが、後のことが心配で・・。
ですので、抗生剤は本当にありがたかった。
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by santakawasaki | 2012-03-06 19:40 | 家ニャンコ
どうにか・・。
よどちゃんが、体調を崩し始めたとき同じくして、16歳になるくろびちゃんが、まったく食事を摂らなくなった。加齢もあり、先生には食欲が戻る注射を打ってもらっていたが、どうしてもご飯を食べない。よどちゃんが、なくなった日 くろびちゃんは、私の目の届かない物陰に隠れてしまい、いよいよだめかな~。と、覚悟を決めていたんだけど、やはり、ここで2匹を亡くすことは、正直、私は立ち直れないな。と思い、ゲージに入れて、覚悟の付きっ切りの介護。トイレも垂れ流し状態でしたので、汚れるたびにお掃除をして、体を温めて、食事を口に運びました。よどちゃんが残してくれた高栄養の食事を与え、3日目。くろびちゃん、自分でご飯を食べれるまで回復しています。

諦めないでよかった~。

まだ、体重は戻らないし、食事も少量ですが、間違いなく回復しつつあります。

くろびちゃんは、一度 里親さんに出した子でした。
毛足が長く、小さな猫でしたが、里親さんが、獣医師に連れて行ったときに、この子は病気を持っているので(口腔系)お金かかりますよ。と、言われた一言で、返された子です。あれから15年、くろびちゃんは、まったく病気にかかることもなかった元気な猫ちゃんでした。ですので、この子が体調を崩すときは、お別れのときだ。と、思っていましたが、どうやら、もう少し私の手元に残ってくれるようです。
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  汚れていてスミマセン・・・。
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by santakawasaki | 2012-03-03 12:49 | 家ニャンコ



 santaの家猫、保護猫、活動のブログです。メール⇒santakawasaki@cat.email.ne.jp  
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